抜歯術:ソケットプリザベーション

はじめに

ちょっとわかりづらいタイトルですね。
この話は少し難しい内容ですが、インプラントについてもっと知りたいという方は是非御覧になって下さい。
本当は『インプラントの基礎』ではなく、『マニアックな話』に入れたいと思っていたくらいです。

インプラントを行う場所はもちろん歯がない部分です。
この『インプラントのための抜歯術:ソケットプリザベーション』は今後、抜歯してからインプラントを行う予定がある場合には大切な話になります。

抜歯すると、歯があった『穴』があきます。
時間の経過とともに、この『穴』はふさがってくる(閉じる)のですが、骨が吸収してふさがってくるのです。
つまり、抜歯した部位(顎の骨)は時間の経過とともに吸収していく傾向にあります。
歯がない部分の骨の吸収については参考リンクの「症例1:奥歯がない場合の治療法」をご覧下さい。
また骨の吸収量についてはいくつかの具体的な研究報告があります。
以下に抜歯後の骨吸収についての論文の紹介をします。

発表年度: 1967年
研究者: Calsson 他
論文掲載誌: Odontol Revy
研究内容: 抜歯後、抜歯窩の吸収は起こり、その吸収は約1年間起る。
その結果、上顎で平均2mm、下顎で平均4mmの高さの吸収が起る。
というものでした。

また他にも
『Mish(1999年)の研究報告では抜歯後、2~3年間の間に平均40~60%の吸収が起る』
としています。

また、歯周病等で炎症がある場合も歯の周りの骨は吸収していきます。
歯の周りの骨が吸収してしまうとインプラントを行うには非常に不利になります。
通常、歯周囲の骨が吸収してしまった場合にはそのままの状態ではインプラントはできません。
そのため、骨を増大させる治療法(GBR法と言います)を行う必要性があります。
『なんだ、骨がなければ、骨を作る(再生させる)治療法があるのか!』『それなら骨を作って(再生させて)からインプラントすれば、問題はないじゃないか!』と思われるかもしれません。
骨の吸収状態により違いますが、GBR法は大変なのです。
まず、治療自体の大変さがあります。
もちろん骨の吸収状態により大変さは違いますが、治療後腫れます。
また、治療期間も長くなります。
骨の移植手術が必要なこともあります。
GBR後、骨ができるまで最低でも3ヶ月はかかります。
場合により、6ヶ月程度かかる場合もあります。
インプラントの埋入は骨が再生した後(GBR法後)になりますので、治療期間は非常に長くなります。
それまで、義歯もしくは仮歯を使用することになります。
またGBR法には費用もかかります。
できれば、GBR法をしないでインプラントをした方が治療期間も短縮できますし、治療費も抑えられます。
もちろん大変さもありません。

しかし、歯周病であったり、歯の根が折れてしまった場合には 炎症により、歯周囲の骨が吸収してしまっています。
そのため、抜歯後にインプラントを行おうと思ってもできないことがあります。
『インプラントのための抜歯術:ソケットプリザベーション』は抜歯と同時に骨の吸収を少しでも防止するための治療法です。
抜歯と同時に『ソケットプリザベーション』を行うと、その後のGBR法を極力少なく(最小限の治療)する、もしくは回避できる可能性が高くなります。
インプラントを行う場合には抜歯の段階で、すでに治療は始まっているのです。
抜歯の技術もその後の治療を左右する大きなポイントです。

『ソケットプリザベーション』の歴史

『ソケットプリザベーション:socket preservation 』は日本語で『抜歯窩の温存』という意味です。
抜歯窩(ばっしか)と読みます。
『窩』とは抜歯した『穴』のことです。
つまり、歯を抜いた穴をできるかぎり吸収させず、温存することを目的とした治療法なのです。
この治療は1980年頃にはすでに行われていた治療方法です。

『ソケットプリザベーション』の最初の方法は抜歯窩に人工骨を充填するというものでした。
代表的な論文として1985年に Oral Surg Oral Med Oral Pathol誌に発表された Ashmanの報告があります。
この論文によると『人工骨を抜歯窩に入れることにより、抜歯窩の吸収を極力防ぐことができた』とのことでした。
ただし、現在の『ソケットプリザベーション』はAshmanの報告のような単に抜歯窩に人工骨を入れるという方法ではありません。
現在の『ソケットプリザベーション』については後で解説します。
話は戻りますが、Ashmanの論文と同様の報告は多数あり、『ソケットプリザベーション』の効果は実証されています。
ただし、1990年頃になるとちょっとした変化がありました。
それは骨をもっと積極的に再生させようとする方法が取り入れられたのです。
『GBR膜』の誕生です。
使用方法によっては『GTR膜』とも言います。
簡単に説明しますと『GBR膜を用いたソケットプリザベーション法』は従来の人工骨を入れた治療法よりさらに積極的に骨を再生することが可能となってきました。
1997年にJ Periodontol誌に掲載されたLekovicらの報告でも『非吸収性のGBR膜を用いたソケットプリザベーション法』の効果が報告されています。

その後、1999年に Atlas Oral Maxillofac Surg Clin North Am誌でSclarが発表した『 The Bio-Col technique 』があります。
この方法の詳細はこの項の最後に詳しく説明しますが、抜歯窩を清掃後、人工骨を入れ、抜歯でできた穴をコラーゲンで封鎖し、仮歯にてその穴を密封する方法です。
現在、非常に有効な『ソケットプリザベーション』とされています。
またそれを改良した方法(論文)を2004年にImplant Dent誌 でWangが発表しています。
現在では人工の骨にコラーゲンの吸収する膜(GBR膜)を併用し、歯肉や仮歯で、抜歯窩を閉鎖する方法が多く行われています。

『ソケットプリザベーション』は

  • 抜歯窩に人工骨を入れる方法
  • 非吸収性のGBR膜を併用する方法
  • 人工の骨にコラーゲンの吸収する膜(GBR膜)を併用し、歯肉や仮歯で、抜歯窩を閉鎖する方法

へと変わっていったのです。

ちょっと難しい話ですが、『ソケットプリザベーション』を行った場合と行わなかった場合ではかなりの違いがあります。 2003年のIasella(掲載誌:J Periodontol)、2006年のNevins(掲載誌:Int J Periodontics)の 報告においてのその優位性が報告されています。

骨の再生:1

先に解説したように単に抜歯しただけでは骨の吸収が40~60%起ることを説明しました。
この理由にはいくつかあります。
抜歯した部位の骨吸収のメカニズムを知ることにより、『ソケットプリザベーション』の必要性がわかります。 単に歯を抜くだけではダメなのです!
そのためには 抜歯部の骨吸収と骨の再生のメカニズムを知ることが大切なのです。

まず、理論上、抜歯窩にはなにもしなくても骨は再生します。
例えば、腕や足を骨折したとします。
骨折した腕や足はギブスをし、安静にするとくっつきます。
もちろん年齢等によりくっつく期間は違いますが…
これは『骨の細胞』が再生する能力を持っているからです。
この骨の再生に大切なことは3つあります。

  • 細胞
  • 成長因子
  • 足場

難しい言葉ですね。
それぞれについてわかりやすく説明します。

まず、『細胞』です。
これはなんとなくわかりますよね。
骨の元となるものです。
これが、ないと骨はできません。
当たり前ですが…

次に『成長因子(せいちょういんし)』です。
あまり聞き慣れない言葉です。
『成長因子』とは特定の細胞の増殖や分化を促進する内因性のタンパク質の総称です。
これもちょっと難しい言い方ですが、『細胞増殖因子(さいぼうぞうしょくいんし)』と言うと先程よりちょっとわかりやすくなったかと思います。
細胞が増えるために働く(手助けする)物質です。

次に『足場』です。
これもなんだかわからないですね。
簡単に言いますと『骨ができる場所』です。
骨が再生(増える)ためには場所がないとダメです。
よく骨の再生について患者様に以下のように例えて話すことがあります。
コップの中に血液を満たします。
この血液が入ったコップの中に骨の細胞を入れたとします。
そうするとこのコップの中で骨の細胞は増殖しますが、コップの外では骨の細胞は増殖することはできません。
つまり、血液が満たされたコップの中が『足場』なのです。
『足場』を別の言い方をすると骨の細胞が生きるための、『住む場所(家)』と言ってもいいでしょう。
『細胞』は自分達が生きることができる『家』の中でしか動くことができません。
骨の再生に大切な『足場』は細胞が生きるための『家』なのです。
『家』がなければ、生きられないのです。
ちょっと難しい話でしたが、骨の再生の話をするためにはどうしても知っておきたい『3つの条件』です。

骨の再生:2(骨の再生スピードは遅い!)

さて骨の再生の第2部になります。
『骨が再生する3つの条件』がそろえば、抜歯した穴(抜歯窩)に骨はできるはずです。
その3つの条件を邪魔するのが『歯肉』です。
なぜ『歯肉』?

骨が再生するスピードは『遅い』のです。
わかりやすい話として骨折があります。
骨折した腕や足がギブスをしてくっつくまで、2~3日ということはありませんよね。
骨折した部位が結合(くっつくまで)するまで、1ヶ月、2ヶ月、場合によりそれ以上という感じがしますよね。
つまり、骨の再生するスピードは遅いのです。
それに反して、『歯肉』や『皮膚』が治るスピードは非常に『早い』のです。
例えば、指を切ったとします。
健康な方であれば、傷口がくっつく(治る)まで何ヶ月もかかるということはありませんよね。
ちょっと切っただけであれば、通常1日でくっつきます。(厳密には1日ではありませんが…)
つまり、『歯肉』や『皮膚』は治りが早いということです。

話を戻します。 先に理論上、抜歯窩にはなにもしなくても骨は再生すると話しました。
しかし、実際には抜歯した穴(抜歯窩)に骨ができる前に再生スピードの早い歯肉 が先に治ってしまいます。
つまり、抜歯窩に歯肉が入り込んでしまのです。
これはもし、抜歯でできた穴に『ばい菌』が入り込むと身体は感染してしまいます。
そのため、抜歯した穴(傷口)を生体は早く、ふさぐ必要性があります。
ばい菌から感染しないための生体の働きです。
抜歯窩もまったく同じです。
抜歯でできた穴からばい菌が入り込まないように歯肉はどんどんと急いで増殖し、抜歯窩を埋めます。
埋まってしまった抜歯窩には骨が再生する『場所』がなくなってしまいます。
骨が再生する『場所』がないため、骨は再生しないのです。
この『骨の再生する場所』を作ることが『ソケットプリザベーション』の大きな目的になります。
少しずつですが、なんとなく『ソケットプリザベーション』についてわかってきたと思います。

『血餅保持』の重要性

『ソケットプリザベーション』を行うにあたり、移植材は大きなポイントになります。
なぜ大切であるかは以下の内容を見終えるとわかると思います。

抜歯した穴(抜歯窩)に移植材を入れることの大きな目的として『血餅』の保持ということがあります。 『血餅』とは『血液』の『餅』です。
わかりやすく言いますと、『かさぶた』と思って下さい。
指や足を切った後にできる『血の塊』のことです。
指を切ると傷口ができます。
出血もします。
まず、出血が止まらないといけませんから、血を止める働きが始まります。
『血小板』による『止血効果』です。
また、傷口がそのまま開いていては外からバイ菌が入ってしまいますから皮膚が早く傷口を閉じようとします。
皮膚の治り(再生)には多少の時間がかかりますので、皮膚が傷口を閉じるまで、バイ菌が傷口に入らないように『かさぶた』ができます。
この『かさぶた』は新しい皮膚が傷口をふさぐまで維持されます。
『血餅』は傷口が治癒するのに非常に大切な役目をするのです。

話は戻りますが、先程、骨の再生に大切なことは3つあることを解説しました。

  • 細胞
  • 成長因子
  • 足場

になります。
もし、抜歯した穴(抜歯窩)に『血餅』がないと上記の『骨の再生に大切な3条件』が達成できないことになります。
骨の『細胞』や『成長因子』は血液の中(血餅)でしか生存はできません。
つまり、骨の『細胞』や『成長因子』は空気中でぽつんと生き残ることはできません。
また、『足場』は細胞が生きるための『家』であり、『家』がなければ、骨の『細胞』や『成長因子』は生きられないのです。
血液が満たされた『血餅』は、『骨の再生に大切な3条件』が備えられた大切なものなのです。
この『血餅』が『足場』となり、その内部で『細胞』や『成長因子』が骨の元を作っていくのです。
ここで移植材の話に戻ります。
移植材の役割は『血餅』の保持になります。
移植材を足場にして『血餅』が移植材周囲に付着します。
そのため、移植材は生体に適応したものでなければ、いけません。
代表的な移植材として『β―TCP』という人工骨があります。
また移植材として一番良いのは、ご自身の骨(自家骨)になります。
『自家骨』は『血餅』の保持になるだけではなく、それ自体に『骨の細胞』を含んでいるため、再生能力が高いものです。
しかし、実際には採取(取ってくる)場所等の問題もあり、抜歯と同時に行うことは困難です。
そのため、一般的には人工骨が使用されています。

また抜歯を行うということはその歯がダメなことです。
ダメな歯は感染していることが多く、単に抜歯しただけでは骨が回復してきません。
感染物質が骨の再生を邪魔しているからです。
そのため、徹底して抜歯窩を清掃することが重要です。
こうしたことを私達は『抜歯窩の掻爬(そうは)』と言います。
つまり、抜歯した部位に単に人工の骨を入れれば良いということではなく、抜歯窩をいかに清潔にすることがいかに大切かということです。

話は人工骨β―TCPに戻りますが、抜歯窩に人工骨を入れただけでは人工骨は穴から飛び出してしまいます。
人工骨は小さな顆粒状になっているからです。
そのため、人工骨を入れた後にこぼれ出ないように蓋をしなければなりません。
それがコラーゲンでできた綿のような素材です。
『コラーゲンスポンジ』と言います。
その名前のとおり、コラーゲンでできたスポンジです。
これを人工骨β―TCPの上や人工骨を使用しない場合でもそのまま抜歯した穴(抜歯窩)に挿入します。
抜歯によって起った出血はこのスポンジの内部に溜まり、『血餅』になります。
この『コラーゲンスポンジ』による骨の再生効果については多くの研究報告があり、私自身も大学病院の勤務していた頃(歯周病科)、研究をしていました。
単に抜歯したままであるのと、抜歯後に『コラーゲンスポンジ』を入れた場合では明らかに骨の再生には違いがありました。
『抜歯窩治癒過程におけるアテロコラーゲンの有用性について 第26回日本口腔インプラント学会 1996.9.14.』
『血餅保持』は『ソケットプリザベーション』において最も大切なことです。

最後に『上皮の侵入防止』の重要性とまとめ

次に、『ソケットプリザベーション』において大切なこととして『上皮の侵入防止』があります。
上記で解説した『骨の再生:2(骨の再生スピードは遅い!)』では、『上皮』の治るスピードは非常に早いため、抜歯した穴(抜歯窩)を『上皮』が埋めてしまい、骨ができる場所を奪ってしまうことを書きました。
『ソケットプリザベーション』において『血餅保持』と同じように大切なことは『上皮の侵入防止』です。
『上皮』が抜歯窩に入り込まなければ、骨が再生する場所が確保されるのです。
そのため、必要なことはまず、傷口をでききるかぎり小さくすることです。
傷口を小さくする最も簡単な方法は『縫合』することです。
縫えば、単純に傷口は小さくなります。
ですから、抜歯後に縫合する歯科医師は良い歯医者ということになります。
よく抜歯後に患者様から『縫うのですか?』と聞かれることがあります。
患者様にとっては『縫合』=『痛い、大変』というイメージがあるのかもしれませんが、傷口を小さくすることは痛みを少なくすることにもつながります。
傷口が小さいのですから…

しかし、現実問題として抜歯後に傷口を小さくすることは難しいものです。
これは、抜歯した部位には『穴』が開きますので、単純に縫合しても完全に傷口を閉鎖することはできません。
そのために、『抜歯した周囲から歯肉を移植し、抜歯部に縫い付ける方法』(2004年にPract Proced Aesthet Dent誌に掲載された Tal Hの論文等)や『人工の皮膚を使用する方法』(2003年にClin Oral Implants Res誌に掲載されたCarmagnola Dの論文等)、仮歯が使用できる場合には、『仮歯で抜歯窩を塞ぐ方法』(2004年にImplant Dent誌に掲載されたWang HLの論文等)等が発表されています。
それぞれ、『ソケットプリザベーション』には効果が認められます。
2007年現在、当医院においては患者様の負担が少ない以下の方法を行っています。(今後、もっと有効な治療法があれば、行います)
まず、抜歯後に内部の汚染物質を徹底した取り除いた後、『人工骨(β―TCP)』を入れます。
これは『血餅の保持』と『骨の再生促進』のためです。
その後『コラーゲンスポンジ(テルプラグ)』を入れ、人工骨が抜歯窩から飛び出さないようにし、さらに『血餅の保持』を行います。 次に『人工の皮膚(テルダーミス)』を周囲歯肉と縫合し、『上皮の侵入を防止』します。
もちろん全ての抜歯症例に行うことはありませんが、抜歯後の治療の内容によってはこうした『ソケットプリザベーション』は有効な方法です。