インプラント治療
リスク(危険度)
はじめに
インプラント治療において危険はないのでしょうか?
答えとしてはあります。
インプラント治療は外科治療ですので、症例の選択や、検査不足、骨の状態、術者(歯科医師)のテクニックや経験、衛生管理(手術環境)、患者様の全身、口腔内の状況によっては治療後にトラブルが生じる可能性があります。
以下にインプラント治療におけるトラブル(危険度)についての詳細を記載します。
リスク(危険度)その1:神経麻痺
神経麻痺とは?
インプラント手術を行う際に最もリスクが高いことの一つです。
この神経麻痺の多くは下顎で起ります。
ただし、神経麻痺という言葉は正確な表現ではありません。
麻痺は運動神経に使う用語なので正しくは、『下歯槽神経の知覚異常』もしくは『下歯槽神経の鈍麻』になります。
しかし、『知覚異常』や『鈍麻』というよりは『麻痺』という言い方の方がわかりやすいので、この項でも便宜的に『下顎神経麻痺』とさせていただきます。
インプラント手術の際に下顎神経に触れた もしくは近かった 等により、神経自体が損傷したり、圧迫されると下歯槽神経の麻痺が起ります。
先程書きましたように下顎神経は運動神経ではありません。
知覚神経です。(ちなみに顔等を動かす神経は顔面神経になります)
そのため、下顎神経が損傷しても顔を動かす等の機能麻痺は起こりません。
しかし、人間が筋肉を動かす場合は、感覚を参考にして動かしますので、下顎神経が麻痺しますと、顔面神経を動かす為に参考になるデータが少なくなりますので、水を飲む時にうまく唇を動かすことができず、水をこぼしてしまうことがあります。
下顎神経麻痺はなぜ起るのか?
インプラント手術の際に下顎神経麻痺が起る理由として以下のことが考えられます。
レントゲン診査が不十分であったため、下顎神経とインプラントの位置関係をあやまってしまった。
通常、歯科医師がインプラント手術の際に使用するレントゲンは『オルソパントモグラフィー』と言われるものです。
ほとんどの歯科医院に設置してあります。
歯から顎まで一通り写り、非常に便利なレントゲン写真です。インプラント治療においても有効な撮影方法です。
しかし、このレントゲン写真の欠点として平面でしか分からないことです。
神経の走行は当然立体的ですので、平面でしか分からないオルソパントモグラフィーでは正確に診断できないことがあります。
論文学的にはインプラント埋入の際に下顎神経から2ミリ以上の距離があれば、問題はないとされています。
しかし、先程書きましたように平面でしか写らないオルソパントモグラフィーですとギリギリの距離であった場合、若干の誤差があると神経に触れてしまう もしくは 近接してしまう可能性がでてきます。
そのため、インプラントと下顎神経の距離が近い場合には後で説明するCT撮影というレントゲン方法を行った方が無難です。この撮影方法は画像を立体的に表すことができるからです。
次に、直接下顎神経に触れていなくてもインプラントを埋入する器具で骨の穴を開ける際に器具の圧迫により、一時的に神経麻痺が起ることがあります。
この場合の対処法は後に記載してありますが、神経に直接触れなくても起ることがあります。
次にインプラントを埋入する際の出血によって神経麻痺が起ることがあります。
手術の際に起った出血が治療後に内部で溜まってしまい、それが、下顎神経を圧迫するため、起ります。
下顎神経麻痺の経過
神経麻痺には、挫滅(ざめつ)や圧迫、切断 等が考えられます。
挫滅や圧迫程度ならば、2~3週間から数ヶ月でほとんどの場合、完全回復します。
しかし、圧迫が長く続いた場合は、最終的には感覚は回復しますが、麻痺以前の状態には戻らない可能性もあります。
また、完全に切断してしまった場合で、感覚は回復しますが、回復する神経繊維の種類によって、長期間にわたり、痛覚が過敏になったり、異常な感覚に長期間悩まされる場合もあるようです。
回復の仕方はいきなり感覚が戻るのではなく、だんだんと戻ってきます。
下顎神経麻痺の治療法
まず、インプラント手術において麻痺が起った場合には、CT撮影等を行い、インプラントと神経の位置関係を確かめます。
インプラントによる神経の切断や神経の圧迫があると診断された場合にはインプラントを撤去します。
しかし、インプラント埋入後、かなり時間が経過してしまった場合には撤去が困難もしくは逆に摘出することのリスクもあります。
麻痺の治療としては、薬物療法(ビタミンB12やATP)や星状神経ブロック等が行われます。
神経が完全に切断された場合には神経の縫合術や移植術が行われることもあります。
どちらにせよ、早めの対応が予後を決めます。
また、検査により、神経の位置関係に大きな問題がないと判断された場合には経過をみます。
インプラント埋入時の圧迫や、内出血による圧迫が考えられるためです。
この場合には基本的に時間はかかりますが(個人差があるためです)、ほとんどの場合、回復します。
下顎神経麻痺が起ならないために!
神経麻痺の話をすると『インプラントは怖い!』と思われるかもしれませんが、このようなことはまず起ることではありません。
神経麻痺が起らないためにはまず、検査が大切です。
通常、歯科においてインプラント治療にはオルソパントモグラフィーというレントゲン撮影を行います。
このレントゲンは簡便であり(ほとんどの歯科医院に装備されています)、歯や顎の状態等さまざまな情報を得ることができます。
そのため、骨の状態に問題がないインプラント手術の場合にはこのレントゲン撮影で十分ですが、骨の吸収が起っていたり、インプラント埋入予定部と下顎神経が非常に近接している場合にはCT撮影を行うことが有効です。
CT撮影についての詳細は下記をご覧下さい。 SimPlantの導入(コンピュータによる最先端インプラントシュミレーションソフト)
リスク(危険度)その2:出血(血管損傷)
問題のない出血とは?
インプラント治療は外科処置ですので、治療後には出血を伴うものです。
しかし、これは一時的なものです。
基本的に抜歯後に起る出血と同様のものであると思って下さい。
これは、手や足をケガした場合とは若干違います。
口腔内の治療は直後から会話も食事もしなければなりません。そのため、完全に安静にしていることは難しいものです。
唾液にもさらされます。
そのため、インプラント手術直後から3日間程度はうがいをした際には多少の出血が混じります。
これは心配されないで下さい。
逆にうがいをしすぎると出血多くなってしまいます。
また、治療後に縫合した部位が食事の際に触れ、糸が取れたりすることがあります。
この場合、それまで止まっていた血液が突然出てくることがあります。
この場合ですが、それまで、問題がなかったことから数分で出血は自然に止まります。
さほど心配はいりません。
逆にインプラント部分を強く抑えるとインプラントに負荷がかかり、後で問題となる場合あります。
無理はせず、数分程度待ち、止血してくれば心配いりません。ただし、自己判断は危険ですので、早めに治療を行った歯科医院に連絡した方が無難です。
全身的な問題による出血もある
インプラント手術の際に心疾患等で血液を固まらなくする薬を服用しているにも関わらず、担当歯科医師に申告していないケースも考えられます。
また、まれですが、患者様ご本人が気づかれないうちに、血液の病気(血が止まり難くなってしまう様な病気、白血病等)にかかっていて、知らずに手術を受けてしまった場合に起ります。
服用薬はどのような場合でも必ず申告して下さい。
問題のある出血とは?(血管損傷の原因)
治療終了時には出血はほとんど無かったが、自宅に帰ってから出血があったり、内部で出血が溜まったりしてくるケースが報告されています(Krenkel&Holzner 1986 他)。
この原因として、血管の損傷が考えられます。
血管損傷の部位で一番考えられるのは、『オトガイ下動脈』と『舌下動脈』です。
下顎の比較的前の方に手術を行う場合に起る偶発症です。
具体的な例として、下の前歯にインプラントを行う際には通常、歯肉を剥離します。
その剥離の時に動脈を傷つけてしまうことが考えられます。
また逆に、切開しないで、インプラント埋入すると、骨の厚みが分からず、インプラントの方向を誤ってしまい、血管を損傷させてしまうことが考えられます。
ただし、その際に、大きく血管を損傷することは一般的に考えにくく、手術時には出血が少ないため、そのまま治療が終了してしまい、帰宅後に、損傷した血管から出血が起こり、血液が舌の下やのどの周りに溜まり、その結果、気管を圧迫して窒息を引き起こしてしまうことが考えられます。
この事例は実際に報告されています。
次に下顎の奥歯(具体的には奥から3番目と4番目の部分)を治療する際に起ることがあります。
この部分の骨の厚みは他の部位とは違い、骨頂(上の部分)と先端方向では骨の厚みが大きく異なることあります。
分かりやい例で説明しますと、インプラントを埋入する際に歯肉を剥離したら、骨の厚みが7ミリ程度あったとします。
インプラントの直径は約4ミリですので、7ミリは十分問題がないことになります。
そう思った歯科医師はドリルでインプラントを埋入する穴を開けます。
しかし、実際には先端部分では骨の厚みは3ミリしかありませんでした。
そのため、インプラントを埋入した先端部分で骨からドリルが飛び出してしまいました。
飛び出したドリルはその下にある血管を損傷してしまう可能性があります。
このようにインプラント手術における出血(血管損傷)は下顎で起ることが多いのです。
このような話をすると『インプラントは怖い!危険!』と思われるかもしれませんが、そんなに心配することではありません。
通常このようなことが起ることはほとんどありません。
ただし、インプラントは外科処置ですので、100%安全ということはありません。
これはインプラントに限らず、どのような医療行為でもリスクはあり得ることです。
この前、私は大腸カメラ検査を行いました。
(ちょっと吐き気と下痢があったので…)その時に注意事項のプリントはもらいました。
そこにはこんなことが書いてありました。
『大腸カメラのリスクとして腸内部の損傷による出血が考えられます。
また、この検査により死亡事例が報告されていますが、非常に稀なことであり…もし、このようなことが起った場合には適切な処置を行います…』 私は医療人ですから、どのような医療行為に対してもリスクはあることは当然分かっていますから特にびっくりすることはありませんでしたが、始めてこのような文章を見られる患者様の中にはびっくりし、検査を中止される方もいらっしゃるかと思います。
また、医療におけるリスクとして薬の服用があります。
例えば、痛み止めを服用しただけでも死亡したという事例はあります。
もちろん死亡まではなくても、気分が悪くなったりすることもあります。
これはどのような薬でも必ずあり得ることです。
100%安全な薬というものはありないことです。
話が長くなってしまいましたが、この項はあくまでもリスクとしての話であり、インプラントが危険ということではありません。
次の項ではそのような血管損傷が起らないための対策についてお話したいと思います。
血管損傷を起こさないために
血管損傷は術前にきちんと診査を行うことで防ぐことができます。
その方法として治療前に歯型を取り、骨の形態を把握したり、CT撮影により骨形態を立体的に把握することが必要です。
次に無理のない手術計画を立てることです。
次に丁寧な手術を心がけることです。
無理矢理歯肉を剥離するようなことをすると先程書きました、下顎前歯部では問題を起こす可能性があります。
また先程、下顎の奥歯(具体的には奥から3番目と4番目の部分)を治療する際に骨の厚みの差で問題が起ることを書きました。
このことは下顎の内側で起ることです。
そのため、同部にインプラントを埋入する際はドリルを若干傾けて骨に穴を開けます。
つまり、ドリルで穴を開ける際に先端方向の骨の厚みが薄くなっていると考え、ドリルの先端を血管がない 外側に向ける(若干傾ける)ことです。
十分な診査および手術中の注意を行えば、さほど心配はいりません。
リスク(危険度)3:術後の腫れ(顔面にアザが表れる)
通常、骨の状態が悪くなく、1~3本程度のインプラント手術であれば、腫れる可能性は非常に低いと思って下さい。
10人治療をすれば、9人はさほど腫れません。
しかし、10人中1人は腫れる可能性があります。
腫れには、個人差があります。
また、手術後の生活スタイルにも関係します。
治療後にお風呂に入ったり、運動したり、お酒を飲んだり、バタバタしたりすると腫れる確率は高くなります。
インプラント手術後はできるかぎり安静にすることが大切です。
また、インプラント手術部位を一定間隔で冷やすことも腫れにくくするポイントです。(しかし、ずーっと冷やし続けることはマイナスです)このように骨の状態に問題がなく、1~3本程度のインプラント手術ではさほど腫れません。
しかし、骨の状態が悪くインプラントの埋入時に骨の増大法(GBR)を行ったり、GBR法単独の治療では腫れる確率がぐーっとアップします。
GBR法を行うと基本的に治療後の腫れは起ります。
この腫れは場合により、外から見ても分かる程度にまで腫れることがあります。
腫れる原因は外科処置に起因する感染および、出血(内出血)によるものです。
特に内部出血は腫れを起こす最大の原因になります。
腫れる期間は3~7日間続くことがあります。
また、腫れの程度は ほっぺた に飴を入れたような状態から それ以上に腫れることもあり、稀に、青あざができることもあります。
もちろんGBR法を行ったからと言って必ず腫れるということではなく、GBR法の程度 つまり、骨の吸収程度や手術の難易度、手術時間、手術環境(衛生的か)に左右されます。
腫れる確率は さまざまな要因があるので一概には言えませんが、私の経験からすれば、軽度の骨吸収であれば20%、中程度の骨吸収であれば30~40%、重度の骨吸収であれば60%方が腫れる可能性があります。
ただし、腫れの程度や期間には個人差があります。
ほぼ腫れるとこが考えられる治療もあります。
これは上顎洞底挙上術(サイナスリフト法)と言われる治療です。
この治療は特殊な治療ですので、日常行われる治療ではありません。
結論として簡単なインプラント治療であれば、もし腫れてもさほど気になる程度ではありませんが、GBR法等の骨の増大治療を伴ったり、術前に骨の吸収が大きかった場合には腫れる可能性は高いと思って下さい。
具体的な腫れの程度は手術を行う際に担当歯科医師と相談されて下さい。もちろん腫れは時間とともに治まります。