骨粗鬆症治療薬と歯科治療

はじめに

骨粗鬆症(こつそしょうしょう)という言葉を聞いたことがある方も多いかと思います。
特に女性の高齢者の方は、知っていられる人も多いのではないでしょうか?

骨粗鬆症(こつそしょうしょう)とは、『骨の強度低下により骨折のリスクが高くなる疾患』と定義されています。
骨粗鬆症(こつそしょうしょう)は、社会的も大きな問題になっています。
2009年時点で日本において骨粗鬆症(こつそしょうしょう)の患者様は、1,100万人とされています。

骨折は、高齢者にとって大きな問題であり、厚生労働省の『平成19年度 国民生活基礎調査』によると要介護の原因として転倒・骨折によるものが全体の9%となっています。
これは、要介護の原因第5位です。
ちなみに第一位は脳卒中(23.3%)、第二位は認知症(14.0%)ですから転倒•骨折の9%は、要介護の原因としていかに高いかが分かるかと思います。
高齢者において、大腿骨骨折等を起こすとその後自立が困難となることが多いのです。

以下では、骨粗鬆症について解説していきます。
特に現在骨粗鬆症の方は、是非読んでいただきたい内容です。
また、骨粗鬆症の方でビスフォスフォネート剤をご使用されている患者様は歯科治療において注意が必要です。
また、以下の内容は、このページを作製した2010年時点でのテータになります。
最新の情報や詳細は歯科医院でご確認されて下さい。

2.骨粗鬆症についてもう少し詳しく

人の骨は、一生涯成長していきます。
これは子供だけではなく、高齢者でも同様に骨の成長は行われます。
骨成長を簡単に説明すると古くなった骨が吸収されて、新しい骨が作られるのです。
人は、1年間に約6%の骨が新しい骨に入れ替わっているのです。
これを専門用語で『骨のリモデリング』と言います。
ただし、こうしたことは年齢によって違ってきます。
骨成長が盛んな10代、20代では骨の再生量は盛ん行われ、高齢になると骨の新生より骨吸収スピードが早いために結果として骨成長にならないのです。
骨成長は20代を境に減少していきます。

特に女性は閉経を迎えると骨の新生スピードは遅くなるため、結果として年3%程度の骨量を失うと言われています。
もちろんこうした程度には個人差があります。
男性にとっても骨粗鬆症(こつそしょうしょう)は問題ですが、女性の方が問題となることが多い病気です。

3.ビスフォスフォネート剤とは?

骨粗鬆症の薬として使用頻度が高いのがビスフォスフォネート剤です。
このビスフォスフォネート剤がどのような薬であるかをできるかぎり簡単に解説したいと思います。

ビスフォスフォネート剤の元となる薬剤は、今から50年程前から存在していました。
ヨーロッパの水は硬水であるため水道管が詰まりやすいことが問題でした。
この硬水による詰まりを抑制するために『ピロリン酸』という薬剤が使用されていました。
こうしたことが背景となり、人体での石灰化予防薬としてこの『ピロリン酸』の研究が行われるようになってきました。
人体での効果を得られるようにさまざまな開発が行われ、ビスフォスフォネート剤が開発されたのです。

これが、なぜ骨粗鬆症(こつそしょうしょう)と関係があるのかと言いますとビスフォスフォネート剤は、石灰化を抑制する濃度よりはるかに低い濃度で使用すると骨に高い吸着性をもつことにより、協力な骨吸収抑制作用をもつことが分かったのです。
これが、現在の骨粗鬆症(こつそしょうしょう)治療薬としての元になっています。

日本では、1996年にビスフォスフォネート剤であるエチドロネートが臨床利用され、2007年からは第三世代のビスフォスフォネート剤であるリセドロネート(経口薬)が開発され2010年現在骨粗鬆症治療薬の第一選択肢となっています。
ビスフォスフォネート剤は、骨粗鬆症治療薬以外にもさまざまな治療に使用されています。
乳ガン、肺ガン、前立腺ガンなどでみられる骨転移や病的骨折、脊髄圧迫、高カルシウム血症などの予防にも使用されています。

また、最近の研究では、骨転移を抑制するだけでなく、骨組織におけるガン細胞の容積を減らす作用も報告されています。
このようにビスフォスフォネート剤は、さまざまな治療に対して有効性が報告されているのです。
先にもご説明したように骨折は、高齢者にとって大きな問題であり、厚生労働省の『平成19年度 国民生活基礎調査』によると要介護の原因として転倒•骨折によるものが全体の9%となっています。
これは、要介護の原因第5位です。

アレンドロネートやリセドロネートなどのビスフォスフォネート剤は、骨粗鬆症(こつそしょうしょう)に対して非常に高い効果を発揮しています。 臨床試験においても閉経後骨粗鬆症において40%以上、ステロイド性骨粗鬆症においては70%以上の骨折リスクを低下させることが報告されています。
このようなこともあり、日欧米では骨粗鬆症治療薬の約60%がビスフォスフォネート剤になっているのです。
しかし、良いことだけではありません。
問題点も起こってきているのです。

4.ビスフォスフォネート剤の問題点

ビスフォスフォネート剤の問題点として、2003年に米国で顎骨壊死(がっこつえし)が報告されました。
顎骨壊死とは、その名前のとおり 顎の骨が腐って(壊死して)いく病気です。
なぜ顎骨壊死(がっこつえし)が起こるのかという正確なメカニズムは2010年現在分かっていません。
現段階(2010年)で考えられることとして、

顎の骨は、他の骨より血行に富んでいる 噛む力が頻繁に顎の骨におよぶため、骨折しやすい 歯肉の厚みは、腕や足の粘膜より薄く傷等で粘膜が切れやすい 口腔内は、常に食事をする場所であるため、炎症がおきやすい

等が考えられていますが、正確なところは分かっていません。
ビスフォスフォネート剤を使用している患者様が、抜歯等の歯科治療を行うと抜歯部が治らずに骨がむき出しになり、骨の壊死が起こることが報告されています。
ただし、顎骨壊死(がっこつえし)は、ビスフォスフォネート剤を使用している全ての人に起こるわけではありません。
使用方法や使用期間…等ざまざまな条件によって違ってくることが少しずつ分かってきています。

ビスフォスフォネート剤は、注射で行う方法と飲み薬として服用する2つの使用方法があります。
この2つの方法でも顎骨壊死(がっこつえし)の発生頻度が変わってくると言われています。
2007年米国の口腔顎顔面外科学会では、ビスフォスフォネート剤を注射で使用した場合、0.8~12%で顎骨壊死(がっこつえし)が発生すると報告しています。

また、2007年オーストラリアの口腔顎顔面外科学会では、ビスフォスフォネート剤を注射で使用した場合、0.88~1.15%で顎骨壊死(がっこつえし)が発生すると報告しています。
抜歯を行った患者では、6.8~9.1%の発生率と報告されています。

10人に抜歯等の外科処置を行うと1人程度は顎骨壊死(がっこつえし)が発生するということです。
また、こうしたビスフォスフォネート剤使用による顎骨壊死(がっこつえし)の発生率は、使用期間が長い場合と使用量が多い場合で高くなることも報告されています。

さらに発生率は、喫煙者で7.4倍、肥満の方で16.6倍リスクが高くなるとも報告されています。

それに対し、ビスフォスフォネート剤を経口で服用する場合、注射で行う場合と比較すると顎骨壊死(がっこつえし)の発生率は、低いとされている。
また、アジア人と欧米人では、アジア人の方が顎骨壊死(がっこつえし)の発生率が高い可能性も示唆されている。(まだ確立されたデータではない)

上記のようなデータは、まだ確立されたものではありませんし、ビスフォスフォネート剤使用による顎骨壊死(がっこつえし)の発生メカニズムも完全には解明されていませんが、問題が起こっているのも事実です。
そのため、リスクを少しでも減らすためには、ビスフォスフォネート剤を使用する前に徹底した歯科治療を完了させることが重要です。
例えば、抜歯が必要な歯があった場合には、ビスフォスフォネート剤治療前に抜歯するとか不適合な義歯(入れ歯)を使用していると粘膜に傷がつき、そこから感染が起こり、顎骨壊死(がっこつえし)を引き起こす可能性があるため、義歯の調整をきちんと行う必要性もあります。

また、歯周病等の問題がある場合には、ビスフォスフォネート剤治療前に徹底して治療を完了させておくことが重要です。
それでは、ビスフォスフォネート剤をすでに使用されている場合はどうすれば良いのでしょうか?
ビスフォスフォネート剤が注射によるものか経口服用によるものかにもよって違いますが、2007年の米国口腔顔面外科学会のガイドラインによると、ビスフォスフォネート剤の使用期間が3年未満の場合で、他のリスクが低い場合には、ビスフォスフォネート剤の中断を行わないで歯科治療を行うべきとされている。
ここでのリスクとは、悪性腫瘍がある方、ステロイド療法を行っている方、放射線療法を行っている方、糖尿病の方、人工透析を上受けている方、喫煙者、肥満の方…等です。

もし、リスクがあれば、リスクを回避(改善)することを行い、一定期間ビスフォスフォネート剤の中断を行ってから歯科治療を開始した方が安全性が高いとなっている。
しかし、ビスフォスフォネート剤の使用期間が3年以上の場合やリスクがある患者様の場合には、ビスフォスフォネート剤を3ヶ月以上中断してから検討する必要性があるとしている。(ただし、この休止期間の3ヶ月という期間には確定した根拠はまだない)

インプラント治療とビスフォスフォネート剤との関係については、まだ、研究数が少ないので正確ではありませんが、経口服用であり、使用期間が短い、リスクが少ない患者様の場合には、ビスフォスフォネート剤を使用していない患者様と比較して成功率に差はないことが報告されている。
しかし、こうしたデータも確立されたものではありません。
現段階では、ビスフォスフォネート剤使用患者様に対して積極的にインプラント治療を行わない方が良いと考えられます。

すでにビスフォスフォネート剤をご使用されている場合には、早めに歯科を受診し、現状をきちんと把握することが大切です。
そして、将来性を考え、もし抜歯が必要と考えられる歯があれば、状況により早めに抜歯等の対応をとった方が良い場合もあります。
高齢になればなるほど患者様のリスクは高くなってきますので、リスクが少ないうちにきちんと対応することが必要です。